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人事・労務DXとは?成功事例とポイントを社労士が解説

こんにちは。社会保険労務士の宮原です。

新型コロナウイルスの感染拡大や労働力不足を背景に、DX(デジタルトランスフォーメーション)が話題になっています。さまざまな業種の企業がDX化の必要性に迫られ、大きな時代の流れが生まれているといえるでしょう。
そして、人事・労務の領域にも電子申請の義務化をはじめとしたDX化の波が訪れています。人事・労務領域においてDX化を進めるメリットはどのようなものでしょうか。今回は、具体的なDX化の場面、ポイントも含めて解説します。

DXとは

DXはデジタルトランスフォーメーションの略語で、トランスフォーメーションの「トランス」には「交差する」という意味があるため、「X」と表現されています。
経済産業省はデジタルガバナンス・コード2.0においてDXを以下のように定義しています。
「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」
(引用)デジタルガバナンス・コード2.0 - 経済産業省(p.1)
DXのポイントは、デジタル技術の活用をとおして持続可能な新たな企業価値を創造していくことにあります。「デジタル化」「IT化」といった、単に技術を活用するだけの用語とは意味が異なります。
DXの具体的な取り組み設計を進めるために、経済産業省はDXを3つの異なる段階に分解するとしています。

(出典)DXレポート2中間取りまとめ - デジタルトランスフォーメーションの加速に向けた研究会(p.25)

前述のDXの定義は、この3つの段階をすべて含んだものとされています。
経済産業省をはじめ、日本はDXを積極的に推進しています。その背景には、日本が目指すべき未来の姿として国が提唱する「Society5.0」があります。
内閣府は、Society5.0を「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合されたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」と定義し、少子高齢化や地方の過疎化、貧富の格差などの課題の克服を目指すとしています。

(出典)Society 5.0 - 内閣府


しかし、日本における本格的なDXの取り組みは進んでおらず、既存のシステムが足かせになったり、どのようにDXに取り組めばよいのか分からず、足踏みをしていたりする企業も多いといわれています。
DXの推進が滞り続けると、2025年以降、年間で最大12兆円の経済損失が生じる可能性があるとされ、経済産業省はこれを「2025年の崖」と表現しています。

人事・労務にDXが必要な理由

少子高齢化などの社会課題を抱える日本において、DXは大きな切り札になると考えられています。では、人事・労務の業務におけるDXにはどのような意義があるのでしょうか。
新型コロナウイルス感染拡大や労働力不足を受け、2020年に閣議決定された「骨太の方針2022」では、「フェーズⅡの働き方改革」という概念が示されました。労働時間の削減を主な目標とした「働き方改革フェーズⅠ」に対し、「働き方改革フェーズⅡ」では「従業員のやりがいを高め、生産性向上と付加価値の高い働き方の達成」を目標にしています。
長時間労働を削減する、年次有給休暇の取得率を向上させる「守り」の改革だけでなく、テレワークの促進やジョブ型正社員の普及、副業兼業の促進など、多様な人材が多様な働き方を選択できる「攻め」の改革が求められているのです。
変化する社会のなかで「守り」「攻め」の働き方改革推進に重要な役割を果たすのが、人事・労務部門であり、キーワードになるのが「人事・労務DX」です。

(1)人事・労務業務の効率化

人事・労務部門は、採用から教育、評価といった人事業務、そして労働時間把握などの労務管理業務まで、幅広い領域を担っています。
しかし、「従業員などのデータが一元管理できていない」「打刻式タイムカードや給与明細をはじめとした紙資料の多さ」によって定型業務に追われることになり、働き方改革に取り組む余裕がないという会社が多く見受けられます。
人事・労務部門が働き方改革を主導し、多様な働き方の推進や労働生産性の向上に取り組むためには、まず定型業務の効率化が必要です。

(2)業務で蓄積した人事データの活用

日本で少子高齢化の問題が取り沙汰されるようになって久しいですが、そのスピードは加速し、労働力人口(満15歳以上で、労働する意思と能力を持った人の数)も減少し続けています。

(出典)第1 就業状態の動向 1 労働力人口 - 総務省統計局(p.1)


もはや労働力は使い捨ての資源ではなく、適切な投資によって、より大きな利益を生み出す資本であると考える必要があります。そのために、人事・労務部門は適切な人材育成や人員配置、採用といった人的資本経営の重要な役割を担うことになります。
人事・労務部門には、年齢構成や勤続年数比率、離職率や年次有給休暇の取得率などの組織全体のデータや、所属部署や経験年数、保有資格や人事評価結果といった従業員個人のデータが蓄積されています。しかし多くの企業で、これらのデータは「活用のために蓄積している」というよりも「従業員を雇用していたら勝手に蓄積していた」という表現が適当かもしれないといえるほど、「バラバラに管理」されていたり、「同じ基準でデータが作成されていない」、「集計項目が統一されていない」という現実があります。
このような人事データを人的資本経営の羅針盤にできるよう、整備する必要があります。

人事・労務DXを進めるメリット

では、人事・労務DXを推進するとどのようなメリットが生まれるのでしょうか。

(1)業務効率化の実現で工数や手間が大幅に削減される

人事・労務に関する情報をシステムで一元管理し、誰でもがどこからでも同じ情報にアクセスできるようになります。従業員の情報が更新された場合は、すべての情報がアップデートされるため、業務が一層効率化します。
また、定型業務が自動化されることによって、業務にかかる工数やミスが削減されます。行政手続きのスケジュール管理も可能になり、手続き漏れが発生しません。
書類の郵送やファイリングといった業務もなくなり、ペーパーレス化によってオフィスを広く使えるようになります。作業環境は労働生産性に影響を与えるので、これも大きなメリットといえるでしょう。

(出典)ペーパーレス化の実態調査 - インク革命.COM


(2)人事評価や人材育成、人員配置が適正化される

新型コロナウイルスの感染拡大にともない、働き方は大きく変化しました。リモートワークの導入により、人事評価が難しくなったともいわれています。また、これまでの人事評価は、評価者の経験や知識に依存するところが大きく、「客観的で公正な評価がなされていないのではないか」と問題視されることもありました。
DXにより客観的で統一された従業員情報が集まることで、人事評価だけでなく人材育成や人員配置も適正に実施されます。従業員の納得感は高まり、前向きに仕事に取り組むことができるでしょう。

(3)人材採用が効率化される

これまで、欠員が出るとあわてて求人募集を出して……と受動的な採用活動を実施していた企業も多いかもしれません。しかし、それでは企業が真に求める人材を集められず、雇用のミスマッチにより定着率が上がらないという事態も起きかねません。
DXによって必要な人材を明らかにし、受動的な採用活動ではなく、企業発展のための積極的な採用活動の実施が可能になります。

(4)多様な働き方が推進され、よりよい人材が集まる

リモートワークやワーケーションなどといった多様な働き方の促進や、家族介護や治療と仕事の両立などへの対応は、人事・労務部門の負荷を大きくします。しかし、DXによって労務管理がスムーズになると、従業員のあらゆるニーズに柔軟に対応できるようになります。
このように、人事・労務DXを進めることで「ヒトが活きる職場づくり」が促進され、従業員の満足度が高まり、さらによい人材が集まるのです。

人事・労務DXが進まない理由

人事・労務DXの推進によって得られるメリットは大きいのですが、残念ながら積極的に取り組んでいる企業は少ないというのが現実です。なぜ、人事・労務DXは前に進まないのでしょうか。

(1)今あるデータを整理するのに時間がかかる

最初のハードルは、これまで紙やデータでバラバラに管理されてきた「人事データの整理」です。「ただでさえ日常業務が忙しいのに、データや書類を把握して整理する時間なんてない」という声が聞こえます。

(2)新たなシステム導入への抵抗感がある

人間は「慣れていること」に安心し、未知のことや新しい経験に対して不安感や拒否感を抱く生き物です。
DXの推進が「企業の成長に寄与する」と頭では理解していても、新しいシステムを目の前にすると「今までの管理方法の方が楽だった」と考え、既存のルール変更に抵抗を示す従業員が出てくる可能性があります。
また、ITツールとともに成長してきた若年従業員に比べ、中高年従業員はデジタルリテラシーが低いことも多く、環境の変化に戸惑うこともあるでしょう。

(3)人事・労務DXの必要性を理解していない

そもそもDXの必要性を感じていない、という場合もあります。
たとえば、「紙で出力された資料の方が使いやすく効率的であり、データ化する必要がない」と感じている人は、ペーパーレス化のメリットを理解していないことも多いと考えられます。
また、DXの必要性を理解していないがゆえに、システム導入や運用にかかる費用を投資ではなくコストと考え、取り組みが前進しないこともあります。

(4)人事・労務DXを推進できる人材の不足

人事・労務DXを推進するには、データの整理や古いシステムからの統合といった負荷だけでなく、人事・労務DXに抵抗感を抱く人や必要性を理解しない人に対する説明や周知といった負荷がかかります。そのため、DX化によって達成される企業の未来像に向かってリーダーシップを持って取り組める担当者が必要です。しかし、DXを推進できる人材を育成することは容易ではなく、DXが進まない一因になっています。
国際経営開発研究所が公表するデジタル競争ランキングで日本の順位は年々低下傾向にあり、その要因としてデジタルスキルを持った人材の不足(2020年の「人材」に関する順位は全63か国中62位)が指摘されています。

(出典)令和3年版 情報通信白書のポイント - 総務省


(5)レガシーシステムの存在

レガシーシステムとは、長い歴史をもつ企業のなかで、老朽化、肥大化・複雑化、ブラックボックス化したシステムのことで、構築から20年以上経過するシステムなどを指します。
システムの老朽化だけでなく、「導入時の担当者が定年退職している」、「統一ルールがなく、部署ごとにシステムを改変している」などのさまざまな理由によって、レガシーシステムがDXの足かせになっていると考えられています。

(出典)DXレポート〜ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開〜 - 経済産業省(p.5)


人事・労務DXを進めるポイント

では、人事・労務業務においてDX化を推進するためには、何がポイントとなるのでしょうか。

(1)目標設定とDX化する業務範囲の設定

DXの目的は企業の発展であるため、やみくもにデータ化を進めてもDXを達成したとはいえません。まずはDXによって人事・労務業務の何を変革し、企業をどのように発展させるのかといった目標設定が大切です。
次に現在の業務を見直し、定型業務や統一されていない管理データなど、DX化によって工数や労力の改善が見込まれる業務の範囲を定めます。

(2)ITツールの選定

DX化する業務とその優先順位が決まれば、次に利用するITツールを選定します。ITツール導入の見極めポイントは後述します。

(3)費用対効果の明確化

ITツールの導入には費用がかかり、導入時の人的負荷も発生します。それらの金銭的、時間的負担を補い、さらに企業の発展に寄与する効果が明確にならなければ、経営者側からも従業員側からも理解を得ることは難しいといえます。
定型業務の自動化やペーパーレス化によるコストと時間の削減はどの程度なのか、客観的数値を測定し、DX化の効果を明確にすることが重要です。
また、人材活用に関して自社が抱える課題を明確にし、蓄積された人事データの戦略的な活用が企業の発展にとっていかに有益かを理解してもらうことも必要でしょう。

人事・労務DXの成功事例

では、具体的にどのような業務をDX化できるのでしょうか。ここでは、業務別に人事・労務領域のDX化の成功事例を紹介します。

(1)入社手続き

従業員の入社の際には、「必要書類の収集」、「雇用契約書の締結」、「社会保険・雇用保険の資格取得」など、さまざまな手続きが必要になります。それぞれの業務について、DX前とDX後の違いを見てみましょう。


このように、DX化は工数や保管空間、コストの削減につながり、新入社員と会社双方に多くのメリットをもたらします。
また、行政手続きなどに必要なマイナンバーは、特定個人情報に位置づけられ、新入社員に提出を求める際は普通郵便ではなく、信書扱いで送付履歴がわかる形での発送を推奨する必要があり、コストも時間も要することとなります。
DX化を推進することで、安全性が確保されたシステム上にマイナンバーを保管できます。また、マイナンバーに限らず、従業員に関する情報を紙ではなくシステムに保管することでセキュリティレベルが向上します。

(2)勤怠管理

企業は、従業員の労働時間を客観的な記録によって適正に把握する義務があります。これまで勤怠管理ツールの主流はタイムカードでしたが、データの集計に時間を要し、人為的なミスの温床になっていました。
複数の店舗を抱えるある飲食業の企業では、長年タイムカードと紙のシフト表によって勤怠を管理しており、さまざまな問題を抱えていました。

  • シフト変更の際は手書きで修正を加えているが、度々変更があるとシフト表が見づらくなる
  • タイムカードの打刻漏れがあった場合の出退勤時刻、休暇取得の有無の確認
  • タイムカードの集計ミス
  • 残業や休暇の申請確認

店舗の店長は日常業務に加えて、新型コロナウイルスの感染対策や従業員の感染によるシフト調整に追われ、勤怠管理に関する業務が遅れがちとなり、給与計算の進捗にも影響が出ていました。そこで、この企業はDX化の最優先事項を勤怠管理の効率化に定め、シフト管理機能も備えた勤怠管理システムを導入しました。
システム導入により、打刻漏れの場合は従業員にアラートが出て修正が可能になり、諸申請もシステム上で確認できるようになりました。また、労働時間や残業時間の集計も自動化され、シフト修正もシステム上で完結するため、大幅な工数削減とペーパーレス化を達成できました。
ほかにも、従業員の稼働状況を人事・労務部門で一元管理できるようになり、法律で定める上限規制に抵触する可能性のある時間外労働や年次有給休暇の取得状況をタイムリーに検知し、業務の見直しや他店舗からの応援などを働きかけるようになりました。結果として従業員の雇用環境が整備され、長時間労働の削減だけでなく、年次有給休暇の取得率や働きがいが向上したのです。

(3)健康管理

企業は従業員に対して健康診断を実施し、その結果に応じて必要な事後措置を講じる義務を負っています。また、健康診断結果は要配慮個人情報に位置づけられ、閲覧や保管に注意を要します。
ある製造業の企業は、三交代制で工場に勤務する従業員の健康管理に苦慮していました。

  • 健康診断の日程を工場単位で調整しており、本社が健康診断の実施状況を把握できていない
  • 健康診断の結果の精査に時間を要する
  • 有所見者への二次健康診断の案内を個人宛に送付しているが、内容を確認してくれているのかわからない
  • 健康診断結果の用紙が膨大になり、鍵のかかるキャビネットに収まりきらない

また労災事故が後を絶たず、心身の不調を訴える従業員が少なからず存在したため、健康管理システムを導入することとなりました。
健康管理システムによって、健康診断の実施状況の確認と未受診者への勧奨、有所見者の抽出から二次健康診断の受診勧奨が可能となり、対応の大幅な工数削減とスピードアップが図られました。また、従業員が抱える健康課題の分析結果をもとに研修を実施し、ニーズに即して働きかけられるようになりました。
結果として二次健康診断を受診する従業員が増加し、離職率も改善しました。

ITツール導入の見極めポイント

システム導入は費用だけでなく導入準備の時間も要するため、手当たり次第に導入しようとするのではなく、自社の課題解決や従業員の利便性向上にもっとも適したシステムの選定が重要です。
人事・労務分野のDXシステムは、特定の業務特化型と複数業務に対応するオールインワン型に分類できますが、まずは自社にとってもっとも優先順位の高い業務に特化したシステムの導入をおすすめします。
最初の一歩をスモールステップにすることで「DXはこのように進むのか」、「思ったよりも簡単だった」、「業務効率化ができた」といったDX化のイメージの明確化が可能になります。
DX化は一朝一夕に進むわけではなく、社内の意思統一を計りながら、一歩ずつ着実に進めることが大切です。DX化すべき課題も企業によって異なるため、「このように進めれば必ず成功します」という正解はありません。
自社のニーズに即した計画を立て、最初に導入したシステムと連携する周辺システムを複合的に導入し、段階的にDX化成功の階段を登りましょう。

まとめ

日本の社会構造は日々変化し、働く人も働き方も多様化しています。
限られた労働力を人材ではなく人財と考え、業務効率化や人事データの活用に投資することで、従業員に最大限の能力を発揮してもらうことが、企業発展につながります。
人事・労務DXを推進することで企業が活性化し、働く従業員の働きがいがアップすると、さらによい人材が集まり、好循環が生まれます。
DXという言葉に対して、「なにかとても面倒なもの」、「難しいもの」、「手間がかかるもの」といったイメージを抱いている方がおられるかもしれません。しかし、人事・労務DXは小さなステップで着実に取り組め、必要となるコストと時間以上の成果を得られるものです。
忙しいからと後回しにするのではなく、企業と従業員が互いに成長できるwell-beingな組織づくりのため、ぜひ一歩を踏み出してみましょう。

筆者の顔アイコン

野嶋社会保険労務士事務所 特定社会保険労務士 宮原 麻衣子

2003年、メンタルヘルスの専門家である精神保健福祉士資格を取得し、精神科医療機関等で勤務。2015年に社会保険労務士登録、2017年に特定社会保険労務士となり、労働社会保険関係法に関する専門家として企業の労務管理のコンサルティング業務を担う。また精神保健福祉士養成の専門学校にて後進の育成に携わるほか、労務管理全般やストレスマネジメントに関する研修等において講師を務める。健康経営エキスパートアドバイザー。

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